いと をかし

「怪獣の描きかた教室」

 子供のころ、親にねだって買って貰った本で「怪獣の描き方教室」というのがあった。

著者は挿し絵画家の故 小松崎茂先生。 わたしはその当時大ブームだった「怪獣」がなにより好きな少年だったので、この本をそれこそ寝る間も惜しんで毎日夢中で読みふけったという記憶がある。その本にはプロの描画のテクニックなども簡単に紹介されていて、そのころ人一倍絵がへたくそだったわたしでも、読んでいて大いに興味が湧いた。

 今考えてみると、わたしの子供時代のヒーローは、鉄腕アトムでも、ウルトラマンでも、ましてや、お茶の水博士でもなかった。実際、わたしのヒーローは、挿し絵画家の先生方や円谷英二他、怪獣映画制作に携わっている実在する大人達だった。そのことが最近になってやっと解った。 ところが、そんな子供の頃でも『将来の夢は「挿し絵画家」になりたい』などとは思っていなかったような気がする。自分にそんな絵の才能があるなんて思えなかったし、先のことはあまり考えたくなかった。その頃夢があったとしたら、「大人になっても就職のことなど考えないでぶらぶら遊んで暮らせるような大金持ちになりたい」というほどのところだったろう。

 2014年、この「怪獣の描き方教室」の復刻版が発売されるというので、さっそくインターネットで予約注文し購入してみた。 待ちに待ったのち、届いた待望の本を手にとって見ると、これが1967年発刊のオリジナル本を見事に復元してあるのを発見し、いたく感激した。 目にする絵や文章、手に持った本の感触に、やるせないような懐かしさを感じたのだが、その中でも出来て間もない本から発する紙と印刷の匂いが、あまりにも子供の時に感じたそのままのものだったので、妙な気持ちにもなった。 50年も昔に感じた匂いの感覚を記憶しているという事があるだろうか…

 よく考えてみると、昭和42年に発売された当時は定価が390円だったものを、時を経て結果的にその十倍以上の価格で入手した事になるのだが、当人にとっては金では買えない、ありがたい価値を感じて、大変満足している。


「ロバくん...」

 昔、民放で「おはよう子供ショー」というのを朝早くやっていた。

 その番組に登場するキャラクターで、ぬいぐるみの『ロバくん』というのがいた。 もちろんいい年とった大人が中に入って「ロバくん」を演じている訳である。

 動物のロバをモデルにしてはいるが、かなりデフォルメが加えてある。 実際のロバより目が異常に大きかったり、耳の形が異様に長かったりと、つまり、 (可愛らしさ)が強調されていて、まるで人間が着るような衣装など身につけている。 そして、普通のロバでは考えられぬことだが、移動は二足歩行で、なんと人間の言葉 を理解し、会話するのである! 声はたしか、タレントの愛川欣也氏がやっておられたと思うが、まさかロバくんの中 には入っておられなかったのでは?と推察する。 あとの方で、ロバくんを主役に「母をたずねて何千里」みたいな連続ショートドラマ のコーナーが出来た。 物語はロバくんが母親を探して日本中旅をするという内容だったが、やっと巡り合え た母親はふつうの人間の女性だったので、そのことにちょっと違和感を感じた記憶がある。

 後年、大人になった時友人とその話をした。

「ロバくんの母親、もうすこし工夫すりゃあいいのになあ、予算が無かったのか?」 「着物着た普通のおばさんだったものなあ」 「…ところで、おとうさんは出てこなかったよな?」 「たしか出てなかったんじゃない?お父さんじゃあんまり絵にならないとか?」 「もし、おとうさん出てたらどんなんだったかなあ、やっぱ普通の人間かな?」 「.....」「..............................。」 しばしの沈黙の後、ほぼ二人同時に叫んだ。 「ロバだよ!!」 「そうだよ、お母さんが人間なら、お父さんはロバに決まってるじゃないか!」 「ロバくんのおとうさんはロバ!!」 と、二人で大笑いした。 その瞬間、長い間の謎がやっと解けたような思いがした。 それにしてもその時の友人のひきつったような笑い方は尋常でなかった。 おそらく彼は、ある(おかしな構図のおかしな情景)などを妄想して笑ったに違い無い…

 先日、とあるバラエティ番組で「シマウマとロバの自然交配」というニュースをやっていたのを観て突然思い出しました。


「ばらまかれた砂糖」

 昨晩(7月14日 9時の「NHKスペシャル/変革の世紀」を観る。 よかった。放送内容は著作権問題であったが、わたしは以前からその辺の事情を詳しく 知りたいと考えていたため大変興味深かった。たぶん御覧になられた方も多かろうと思う。

 インターネットではいろんなものが無料で手にはいる。ホームページを管理している人が自分で作成した壁紙、アイコンなどをただで配っていて「どうぞ、御自由に、、、」などと書いてある。私もそういう物を貰う時、最初の頃、そこの掲示板などに丁寧にお礼などを書き込んだりしていたのが、最近ではあまりしなくなってしまった。 ただで手にはいると言う事はただで持っていかれもすると言う事でもある。このホームページに展示している作品もひょっとしたらかなり持っていかれているのかも知れないなどと、自分勝手な妄想でこの愚かな未熟者も悦にいったりする。 「悪用されないようにしないと」「対策を考えたほうがいい」「画像はあまり良くしないほうが得策です」など、多数の御助言をいただいた。 だがどうだろう?なにもかもただで手のはいるのが当たり前のインターネットの世界で、「絵を持っていくんなら、金を払え」では反感を持たれるだろうし、見せるために絵をなるべくきたなく加工するなど作家的良心に反しているのではないか。

 子どものころ、小学校の先生だったか、親戚のおじさんだかに聞いた話を思い出した。

  大平洋戦争中、米軍のB29爆撃機がおそらく軍事工場と間違えたのだろう、私たちの住んでる地域の砂糖工場がその空襲の被害を受けたことがあった。 工場は破壊され、中にあった砂糖があたりにぶちまけられてしまった。 戦時中の物資の不足していた時である。近くの民衆がやってきてその砂糖をかってに持っていってしまう。会社側が叱っても、言い聞かせても駄目である。生きるか死ぬかの戦時下では飢えた火事場泥棒を取り締まるすべがないのである。 会社側はその腹いせに白い砂糖の山の上へ「人糞肥料」をばらまいた、丁度、カレーライスなどを連想されるが宜しかろう。 しかし、それでも泥棒行為はおさまらず、人々は「カレーライス」の山の中から砂糖だけを選り分けては、つぎからつぎへと持ち去っていったという。 -あな、あさまし

- 2002年07月15日

   
     

 

 

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